どう対応していたのか思い出せない学生時代の試合コートサーフェス

今日は今さら思い出したこと。人生のクライマックスなのか、歳を取るとこうなのか。学生時代の試合が気になった。オム…

今日は今さら思い出したこと。人生のクライマックスなのか、歳を取るとこうなのか。学生時代の試合が気になった。オムニばかりの今とも、大きなスポーツ施設の数が限られる地方と東京とも違うだろうけど、皆さんはどうでした?

これは先週行われたパリマスターズ。64ドローなので、学生だとどのくらいだっただろう。x4くらいだったかな。子供が多めの時代だったので。

プロの試合は全部をひとつの会場のコートたちで行うけれど、学生はそうではなかった。例えば

私の県は県内の大きな市にしか大きなスポーツ施設=面数がたくさんあるテニスコートがなかったので、ドロー山を4つに分断して行われてた。

ドロー山:赤 →A市

ドロー山:青 →B市

ドロー山:緑 →C市

ドロー山:桃 →D市

こんな感じ。田舎は市と市に距離があるので、まず遠い。居住地開催の山に入るとまずラッキー。稀に辺鄙な場所で開催される時があって、京都の保津川のトロッコ電車みたいのでコートに行った人に会ったことがある。面倒なので親に送ってもらってた。眠いし。

そして、山が違うと同じ学校の子、友達、知り合いにまったく会わない時がある。シングルス期間はかなりさみしかったりしたな。当時は子供が携帯を持っていたりはしなかったしSNSもないので特に。

子供の頃はそんなことを考えていたけど、今思う。AからD市までサーフェスが違った!

ドロー山:赤 →A市(県庁所在地、ハード)

ドロー山:青 →B市(居住地、クレー)

ドロー山:緑 →C市(遠い市、忘れたけどオムニだったような)

ドロー山:桃 →D市(遠い市、忘れた)

こんな感じ。スケジュールも忘れたけど、最初の週にB市→次にC市→最後にA市みたいな感じで変わっていった。まるでローランギャロスからウィンブルドンに入る時のような流れw どう対応していたのかわからない。

おそらく、若い頃は細かいことを気にしていなかった。クレーのラインだけあんなに跳ねるとか、大人になって初めて気になりましたもん。風も然り。強風県なので吹いてて当たり前。すっかり都会っ子になり、5〜6m程度で気になっています。

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